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昨年から今年のこと

●昨年から今年にかけて2度も入院し、このブログの更新が止まっていました。
何が起こっていたか、記載しておくことにします。

2017年10月、白血球や炎症反応が異常値を示し、ジョクソウの悪化は分かっていたのですが、掛かりつけの大手前病院で散々調べた結果、すごく悪化していることが分かり、即入院となり緊急的に壊死している部分を切除して、大穴が開けられました。
ところが大手前は皮膚科しかなく、根本的な治療は形成外科で入院できる病院へ転院しなくてなならないとなり、市内で直ぐ受け入れられる「大阪みなと中央病院 形成外科」へ、ストレッチャーで介護タクシーを手配してもらって入院となりました。
大手前は10日だけの入院でした。
この間異常を見つけて頂き、折からの連休中も抗生剤点滴を休日出勤してやっていただいた、掛かりつけ医師の先生には感謝のしようもないほどのお世話になりました。

大阪みなと中央病院 形成外科で検査し直した結果、仙骨部まで犯されているひどいジョクソウで、本格的な治療を受けることになり、まず悪い部分を全て切除して綺麗にする手術から始まりました。
全身麻酔で、長さが20センチ幅8センチほど、仙骨を半分ほど削り尾骶骨は取り除き、肉の組織の悪い部分を全て取り除き、大穴が開いたまま幹部の組織が綺麗になって健全な組織を移植できるようになるまで、ひたすら洗浄を繰り返す毎日で、最初の入院から横向きになったままの毎日が始まりました。シャワーも穴が開いたままストレッチャーで、傷口もガンガン洗いました。

5週間ほどして、患部の組織が綺麗になるのを待って、今度は健全な組織を移植して穴を埋める手術を、もう一度全身麻酔で受けました。移植部が完全について縫合できるようにまで、また5週間ほど掛かり、リバビリをして退院できるまで15週間、通算で104日の長い入院になりました。
ジョクソウは100日掛かると障害者仲間に聞いていましたが、本当にそれくらい掛かり、ジョクソウの怖さを身にしみて体験しました。
その間、食事も原稿書きも、SNS書き込みなども全て横向きでスマホかタブレットで、とても器用に出来るようになりました!
10月中旬にいきなり入院し、翌年2018年2月始めに退院ししばらく通院でしたが、軽いジョクソウを再発したりで、ジョクソウの手当は続ける必要がありました。ちょっとでも油断すると1日でジョクソウは出来、二泊の東京〜仙台出張が悪っかったのか、ジョクソウが新たに出来たりして、通院は続けなけなければなりませんでした。

もともと私の障害の原因は腰椎部の馬尾神経に出来ている、群発性腫瘍による神経切断治療によるもので、腫瘍の除去は神経に食い込んでいるため出来ず、脊柱管の神経に腫瘍を抱えたまま生きている状態だったのですが、腰椎の3本の変形と隙間が無くなる状態が酷くなってきて、脊柱管狭窄も起こり坐骨神経の刺激による痛みがきつくなり、放置しておくことが出来ない状態となり、矯正手術を受けること担っていました。
ジョクソウの治療に目処がつき、受けていた仕事なども整理して10月末に、大手前病院整形外科で手術を受けることになり、再び入院し、また全身麻酔の6時間以上の手術を受けました。また、横向き生活の復活でしたが、今度はしっかり準備しての入院であり、骨の修理なので1ヶ月程度で済む予定でした。

今回の手術は、腰椎三ヶ所の隙間詰まりと歪みの矯正を行い、脊柱管狭窄も広げて坐骨神経の痛みを無くしようと、行った6時間以上掛かった、かなり大掛かりなものでした。
切開は背側に15センチくらい、脇腹側に8センチくらいの二ヶ所で、骨は金属の楔や縦ピンで矯正するものであり、傷口が治れば退院というやや単純なものでした。

手術直後に腎盂炎からと思われる高熱を出し、入院が1週間余計に掛かりましたが、リハビリも理学療法士さんとの関係も上手く合って順調にいき、1ヶ月でクリスマス前に退院出来ました。

一昨年の10月から今年の12月末まで、3回の全身麻酔の手術を受け、140日弱もの入院をして体力の回復が思ったより遅れ、また自宅では病院のような環境でないので、苦戦している事もありますが、年明けからは社会復帰を徐々に果たそうと体力回復に務めるつもりです。
それからジョクソウの退院直後に94歳まで独り暮らしをしていた姉が、天寿を全うして逝ってしまいました。
自分の後始末が出来るように預金を残していましたが、相続になってしまい預金を出すのにとても手間が掛かり、また、60年余も住み続けた市営住宅の現状復帰退去が大変でしたが、居住市の市や役所やシルバーボランテイアセンターの尽力で、年内に全て整理を終わることが出来ました。身寄りは兄弟だけしたが、
みんな80歳を越していて、末弟の私が喜寿を迎えしかも車いすなので、一時は途方に暮れるような状態でしたが、都会の行政とは違ってとても親切にしてもらい、全部お世話になりました。

そんな訳で、正月は喪中であり、新年の挨拶は差し控えさせて頂きます。
長い入院中に代わりに色々やっていただいた方々に、感謝の意を表し
皆様には、良いお年をお迎えくださいますように。


by yamana-4 | 2018-12-31 14:50 | 雑感