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管理者の大阪府治水事務所はやっと、、

◉1月29日14時の天満橋エレベータ通路のようす!c0167961_14553194.jpg














昨年10月19日の京阪中之島線開通からこの状態が続いています。
12月の初旬、管理者の大阪府西治水事務所「水都再生グループ」の
担当者に電話、
1、柵を移動して通路を確保すること
2、スロープ出入口の自転車侵入防止ポールのカギを1カ所外すこと

を要請しました。
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年を越しても何も対応してもらえないので、
1月10日、現場の八軒家浜船着き場でのイベントに来ていた大阪府都市整備部河川室のN氏にことの経緯を説明して、早急な対応をお願いしました。
「今ある柵を動かして通路を確保するだけでのこと。
 予算措置は必要ないのだから、早くやってください」

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この柵を動かして幅1mの通路を確保すれば良く、簡単なことでは?


まだなんの変化もなく、N氏からの連絡もありません。
こんなことまで橋下知事に訴えたくはありませんが、大阪府の職員は何故こんな簡単な仕事を、さっさと出来ないのでしょう?

◉2月3日、大阪府西治水事務所の担当者Y主査から電話「通路の駐輪自転車を撤去するよう大阪市の所轄公営所に依頼文書を出します。今日、現場を見にいきました」
エレベータ運用が開始されてから3ヶ月半、私が善処要請を電話してから2ヶ月、初めて現場を見に行ったとはビックリ!!
「大阪市に一時的に撤去を依頼して解決できると思いますか」(私)
「午前中に撤去しても午後には元の状態になっていると思います」(Y
主査)
「では解決になりませんね。どうして柵を動かして通路確保しないのですか。 柵で通路確保し、動かされないよう重しをすれば。
 資材は持っているでしょう」(私)
「資材チェックしてみます」(Y主査)
「大阪市に責任転嫁せず自分たちで出来る事は直ぐにやって下さい。その前に スロープの侵入防止ポールを1本抜いてください」(私)
橋下知事も大変ですね。

◎2月5日、
 事情を訴えた地元の府会議員秘書さんから電話をいただきました。
「自転車撤去を依頼すると言っています」(秘書氏)
「撤去してもすぐ元にもどるので効果ありません。通路確保をお願いしている のです」(私)
 再度秘書さんから電話、
「来週中くらいに柵を動かして通路確保すると言っています」
何でこんな簡単なことをするのに時間がかかるのでしょう?
府会議員さんを煩わさないと動かないのでしょう?
はたして何日後に実行されるのでしょうか?
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2月5日の現場、同じ自転車があるようで、置く人は何時もおいているようですねえ。






◎2月6日
Y主査から電話「月曜日に柵の再設置をやります」
立ち会いますからと連絡をお願いしていたのですが、出張中で残念です。
やっとやって頂けるようになってのは
・やろうと準備していたのがこのタイミングになった
・再三お願いした私の願いが届いた
・府会議員先生の口利きが効いた
このどれが正解なのでしょう?
来週は自転車が邪魔していない通路の写真が載せられるかな。
by yamana-4 | 2009-01-30 15:28 | 放置自転車 | Trackback | Comments(0)

オバマ大統領とアメリカの底力

◉政治家がフレッシュでかっこ良い!ケネディ大統領の時とは何か違って。
就任式後ホワイトハウスへ向かうオバマ夫妻の映像が、すごくかっこよくて感動。アメリカって過ちもするけど、すごい変化が一気にでき、ダイナミックに路線修正できるのが「国の底力」なんだな〜と。ここぞとう時、国民がワット盛り上がって一致する、怖いところもあるけど。c0167961_821882.jpg
[人種差別や金融危機、紛争を乗り越え、相互理解と統合を目指そうと呼びかける就任式は、人々に勇気と感動を与えた。
人種、出自、歴史が異なる多様な人々が見守る中、大統領は就任演説で「我々を分け隔てた壁はいずれ消える」と統合を訴えた。]
【ワシントン草野和彦】毎日jpより抜粋転載(写真も)
 
私は終戦3才、戦後の飢えや焼け跡の記憶もあり、60年安保闘争が大学受験期、高度成長期の右肩上がりの中で仕事を始め、いろんな波を体験してきました。いずれもリアルタイムで大きな変革を見てきた世代です。
でも、まさかこれほど早く、アメリカで黒人系の大統領が誕生するとは思っていませんでした。選挙機運動期間中の盛り上がりも、ゴールできるかは半信半疑でした。
オバマ大統領が現実になって、改めて64年のアメリカ公民権法制定の意味が思い知らされます。ケネディの後を受けたジョンソン大統領は、どちらかと言えばあまり印象がありませんでしたが、ベトナム戦争終結や公民権法制定を行った大統領として、後世に残る仕事をした人だったのだと、改めて思わされました。

◎アメリカの公民権法制定の経緯とADA
「1964年の公民権法(Civil Rights Act of 1964)人種、皮膚の色、宗教、出身地、家族・家庭・家系などの本人の素質・努力・能力の範囲外の、出生時に決定される社会的属性による差別を禁止する連邦法」

「アメリカ障害者差別禁止法(Americans with Disabilities Act of 1990)障害による差別を禁止する適用範囲の広い公民権法の一つ、(ADA)。1964年の公民権法は、人種(race)、肌の色(color)、信仰(religion)、性別(sex)または出身国(national origin)による差別を非合法と規定するものであるが、障害を持つ者に対する差別に関する規定はなかった。ADAの成立により、障害者は1964年の公民権法により保護されていた者と同様に差別からの保護を与えられた」

着実に歩みを進めてきた公民権法が90年に広範囲な「障害者差別禁止法」に至って、ハンディを持つ全ての人が平等に社会参加できる国を形作ってきた、とも言えるのでないでしょうか。
ひるがえって私たちの国は、バリアフリー法に「移動する権利がある」ことすら書き込めません。その時の「福祉を標榜する」政党出身の国交省大臣は、国会答弁で「そんなことを法律に書き込んだら裁判が起きる」と!!

障害者差別禁止国連条約は20カ国を超す国が批准して、国際条約として発行しましたが、日本は賛成署名しただけです。
この条約は「やろうとすれば出来るのに合理的な努力をしないのは差別である」との障害者差別に対する新しい概念を規定しています。
国内法はずいぶん抵触するでしょうから「国内法修正をやらずに批准してはどうか」と考えられていると噂がたっています。
アメリカはともかく、韓国のバリアフリー法=移動便宜法には「移動する権利」があることが明記されており、着実に進めるお隣の韓国に比べても、日本の歩みはどうでしょうか。
by yamana-4 | 2009-01-22 09:30 | 雑感 | Trackback | Comments(0)