2008年 10月 30日 ( 1 )

新聞に気になる投稿が。あなたはどう考えますか?

◉「感謝しているか、自問」無職 68才女性(福岡市東区)
 電動車椅子だけでの移動はには限度があるけれど、公共交通機関を利用することで行動範囲を広げている。電車なら、駅員さんに行き先を告げれば、到着するころにはスロープを手配してもらえる。私は安心して利用している。
 先日、電車から降り、駅からエレベーターで地下街へ行き、ウィンドーショッピングを楽しんでいた時のこと。背後から初老の男性に声をかけられた。駅から私の後を追いかけてきたというので驚いた。「駅員さんにお礼は言いましたか」と問いかけられ「はい。もちろんです」と私。その男性は満足そうにうなずかれただけで去っていかれた。
 男性へは即答したが、深く考えないで習慣の言葉として「(駅員さんへ)ありがとう」と言ったのではないか。常日ごろ、きちんと感謝を意識して行動しているか。忘れがちになっていたことを、気付かされた。声をかけてくれた男性に感謝した。[10/28 毎日]
c0167961_1321850.jpgc0167961_1330100.jpgc0167961_14172230.jpgc0167961_14175147.jpg駅員のスロープ介助乗車と
自力乗車
自分の意志で自由に乗降できるか
駅員の都合による乗り降りは違うこと。

左:車いすスペース車両ドアのみ
ホーム改良の東京三田線
右:全ドアに固定スロープ設置の
大阪モノレール

◉「この投稿に対して」(毎日新聞「みんなの広場」へ投稿しました。)
 車いすでの乗降に、駅員がスロープ介助することは普通になっていますが、感謝の言葉はもちろん人として当然でしょう。
しかし、こんな話も聞いてください。
 電動車いすの知人と地下鉄に乗車した時、「ありがとう」を言わないのです。なぜと聞いたら「子供の時から何をしてもありがとう。もう言い疲れた」。はっとして胸が痛くなりました。普通のことをするのに彼は、何度「ありがとう」と言ってきたのか、何時も何時も言い疲れるほどに!
 障害歴の浅い私も、最近彼の心情が分かるようになりました。でも「ありがとう」は言い続けています。「親切」と一般の人が思っていることへ感謝を表すことは、車いす使用者みんなのためと思っているからです。ドアとホームの段差がなければ、言わなくても済みます。ありがとうの回数を減らす社会であって欲しいと思っています。(11月17日掲載)

◉68才女性の考えと、お礼を言ったか確かめた人の考えについて
親切に素直に感謝することは当たり前のことです。手間を掛けている駅員へ「ありがとう」と言う気持、このような手間を許容する社会に対して、感謝する気持ちを持つことは大切なことと思います。
 しかし、駅員のスロープ介助は「親切」ではなく「仕事」です。また、やろうと思えば東京の三田線や大阪モノレールのように、簡単に段差解消はできるのです。これは車いすのためだけでなく、高齢者やベビーカーの人など多く乗客にとって役立ちます。長い目で見れば人件費を削減できコスト的にも利点があるでしょう。
どこかに行くのに一々行き先を告げ、途中で降りたいと思っても決めた駅でしか降りれない不自由さが、どんなに苦痛か考えてみて欲しいのです。電車に乗るだけでもそんな毎日なのに、ニコニコして「ありがとう」と言い続けるのはケッコウ大変なのです。
 でも「ありがとうを言い疲れた」と言わすのは悲しいですね。声を掛けた男性はどこまで考えての上だったのでしょか。素直に感謝して自問した女性も、もう少し掘り下げて考えるとどう思うのでしょうか。
あなたは、どう思われますか?
by yamana-4 | 2008-10-30 15:31 | 教育 | Trackback | Comments(5)