中之島散歩:名物ビル取り壊しと美術館催し

◉姿を消した「フェステバルホール」「ダイビル本館」/「ルノアール展」と「荒川修作展」の同時開催

朝日新聞社の大規模改築計画着工でフェステバルホールが撤去され、中之島の肥後橋付近の景観が一変している。
新しいフェスティバルホールや朝日本社が入る超高層ビル「中之島フェスティバルタワー」高さ約200m(地上39階)は2012年秋。2018年ごろには、西側にある朝日新聞ビルも建て替えられ、超高層ツインタワーになるとか。肥後橋交差点西南側には「ライトハウスの建替えビル」が姿を現し、北東橋詰には架け替えられた肥後橋高欄の親柱が保存されている。
「肥後橋・渡辺橋」は初代大阪芸術大学デザイン科長も勤めた画家でデザイナー、建築にも造詣の深かった「中村真」氏が、当時の大阪市長「中馬薫」氏の依頼で高欄のデザインをした。中之島の四ツ橋筋の2橋を同じデザインで行い、造形的モダンデザインは高く評価されていたが、これも類似デザインの高欄に変えられ親柱だけが残っている。

西へ行くと「ダイビル本館」の取り壊しが始まっており、解体囲いが目立っている。
浪速筋を西に行くと「国際美術館」が科学館の入口部分にあり、上部構造のみがステンレスの巨大オブジェとして現れている。6月末まで「ルノワール展」が行われていて、初めてこの美術館に来る人達が押し掛けている。やはり印象派のゴッホと並ぶスターであり、共催が新聞・TVなので動員力が違う? 80点もの作品が集められ、ルノワール好きの人には嬉しく、京都での開催と違って平日はかなり空いている模様。この人達の大半は何故か?? 同時開催の「荒川修作展」は素通りで、こちらが空いているのはありがたい!
この美術館は大阪万博の「国際美術館」を阪大跡地へ移転したもので、設計はシーザー・ペリ & アソシエーツ(米)。奇しくもかって具体美術協会の本拠地であった「具体ピナコテカ」のすぐ西側。高名な美術記者だった「高橋享」さんが、英語で表記すると The National International Museumとは珍妙な!と笑っていたが、さすがにそうはならず「The National Museum of Art, Osaka」と標記されている。現代美術作品の収蔵は豊富で、テーマを絞った常設展や現代美術企画展は質が高い。
初代館長は宮島久雄氏、現在2代目 建畠哲氏。2004年竣工、地上部はエントランスのみで、展示室はB1が受付・ショップ・ホールなどで、B2が常設展示、B3主に企画展示の展示室となっており、地下に埋められた珍しい構造になっている。エントランスエレベータは円形のシースルーで使い易い。

c0167961_031216.jpgc0167961_0314318.jpgc0167961_032161.jpgc0167961_0324439.jpgc0167961_0325621.jpgc0167961_0335371.jpgc0167961_0332453.jpgc0167961_0384417.jpg

写真:(順に)肥後橋北東詰フェステバルホール撤去、肥後橋交差点南西角の日本ライトハウス、肥後橋南東詰旧高欄親柱、ダイビル本館撤去工事、同館工事前、美術館告示、国際美術館エントランス、ルノアール2作品

◉荒川修作氏逝去:may19 2010、NYの病院で。73才
by YAMANA-4 | 2010-05-11 00:52 | 建築・美術館・博物館 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://kurumaisyu.exblog.jp/tb/14354208
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< JR杉本町駅ー東口設置後の学内通学路 危険な歩道、通行拒否する歩道 >>